†NOVEL†
「いってきまーっす♪」
早朝、アッシュの作った朝食を食べ終わった見習い天使のポエットは上機嫌のまま元気よく出かけていった。彼女は今日も四葉のクローバーを配りに行くらしい。幸せのお裾分けとでも言うのだろうか、もちろんそれだけではなく、困っている人を見つけては話を聞いてあげたり、手伝いなどをするのだろう。
青空の向こうへ飛び去っていく天使の後ろ姿を見送りながらアッシュは静かに室内へと戻った。
「今日はポエットちゃん元気いっぱいっすね。まぁ無理もないっスけど。」
先程のポエットの姿を思い出しては食卓の椅子に座って静かに苦笑する。ポエットの喜んだ顔を見るのは何とも嬉しいことなのだが、複雑でもあった。聞けば、今夜はユーリに時間があるらしく一緒に夜の街を散歩するらしい。ユーリのことが好きなポエットはそれをとても喜んでいる、ということだ。ユーリへと話を聞けば素っ気なくそうだな、と応えるもその表情は満更でもないと言った感じだった。ユーリもポエットのことを想っているため当然の反応といえる。
「なーんか、釈然としないっスねぇー…」
ふぅ、と一息。溜め息をつく。そうしているうちにもう一人、いつの間にか食卓の席へと座っている人物が居た。いつ来たのかも分からず、来たことも告げず。ただ、食事が出てくるのを待っているようだ。
「あ、スマイル。おはようっス。」
いつから居たんスか?と立ち上がり、朝食の仕度を始める。先ほどポエットが食べたばかりなのでまだコーンスープも冷めてはいない。このまま出しても問題ないだろう。スープを注ぎ、朝食のトーストと一緒にスマイルの目の前に差し出す。
「ボク?…アッシュが溜め息してるくらいにはいたヨ。」
ヒヒヒ、と楽しそうに笑い声を上げる。溜め息は聞かれていたらしいし、どうやらこの様子だと独り言も聞かれていたらしい。しまったなぁ、と苦笑しながらアッシュは後ろ髪を掻く。
いつも陽気な喋り方と表情をしているスマイルだが、この人に隠し事はできない。相手の心を読むのがうまい。きっと彼には、先ほどの溜め息が意味するところを気付かれている。
「ポエットちゃんは行っちゃった?」
「そうっスね、ついさっき出掛けたばっかっスよ。」
唐突の質問に部屋の扉を見つめながらそう言うと、自分の席へと戻った。スマイルはヒヒッと小さく笑い声を漏らすと、トーストを片手に口を開いた。
「ポエットちゃんがユーリと遊べるの楽しみにしてて妬いてる?」
「…っ否定はしないっスよ。でもそれはスマイルも一緒っスね。」
こちらの心境を当てられればそう答え、逆に問いただしてみる。やっぱり予想通りだったらしく、スマイルもそう言われると一瞬トーストを頬張る手が止まった…気がした。
ユーリは自分たちのバンドのリーダー。ポエットはホワイトランドからやってきて家がないので、居候という形でここ、ユーリの城に一緒に住んでいる。
城、というだけはあって余っている部屋なんて幾らでもあるのだ。その一室をポエットに貸し出して、お城では四人で生活している。そのポエットはユーリに想いを寄せ、ユーリもまたポエットに想いを寄せている。
そんな中で、アッシュとスマイルは共にポエットに想いを寄せている。スマイルは隙有らばリーダーからポエットを奪うつもりでいるらしいが、アッシュはそんな気持ちにもなれず、ポエットが幸せでいたらそれでいい、と自分を殺して二人の関係を見守っている。そんなことをしているからたまに切なくなるのは言うまでもない。
二人で入り口を見つめながら、柄にもなくスマイルまで、アッシュと一緒に小さく肩を竦めたのだった。
「もうすぐ時間かな…?」
公園のベンチに腰を掛けてじーっと時計を見つめる。時刻は午後の7時55分を指していた。約束の時間は8時だった。待ち遠しくてポエットはこの場所でもう30分以上も待っていたのだ。
ベンチから伸ばした脚をぶらぶらと揺らしながら背中の翼を小さく羽ばたかせる。
56分…57分…58分…。ポエットは時計だけをずっと眺めながらその刻を今か今かと待っていた。そして約束の時間が訪れる。夜の8時は約束通り、ポエットの下へとやってきた。ベンチから立ち上がると辺りを見回してユーリの到着を待つ。
約束を守ったのは時間だけではなく、無論…天使の少女の想う人物もだった。
「こんな時間ですまないな、待ったかポエット。」
背に蝙蝠のような形状の赤い翼を持つ人物、吸血鬼ユーリが公園の入り口からこちらに向かってきていた。ポエットは嬉しそうにベンチに置いておいた小さなバッグを持つとユーリの下へと掛けて行く。
「約束通りの時間だから大丈夫だよ、ユーリ♪」
満面の笑顔をユーリへと向ける。三十分以上も待っていたが、それは待ち切れずに待っていた自分が悪い。ユーリは約束通りの時間に来てくれた、それで充分なのだ。
「そうか。なら行くとしよう。まずはディナーに案内しよう、ポエット。」
「うんっ♪」
元気よく返事をし、差し伸べられたユーリの手をポエットはしっかりと、離さないように強く握り締めた。
二人はそのまま街中へと歩を進め、レストランへと夕飯を食べに行った。今夜の夕飯分はポエットの方も少ない手持ちのお金で食事代を払おうとしたが、ユーリがそれを止め、二人分を持った。申し訳なさそうにおろおろするポエットに、ユーリは気にするな、と諭すがしばらくポエットの気持ちは収まらなかった。
「ユーリ…お金大丈夫?」
「大丈夫でなければ払ったりしない。気にするなと言っただろう?」
「でも…」
レストランから出てすぐ、ポエットはユーリの方を振り返り、やはり店内と同じ言葉を口にする。じーっと、申し訳なさそうにユーリの服の袖を掴んで見上げる。
「私が払いたいから勝手に払っただけだ。お前が気にすることじゃない。」
自分を見上げるその天使の頭を、ユーリは優しく撫で下ろした。頭を撫でられたポエットは恥ずかしそうに俯くと小さく、こくっと頷いて見せた。
それからユーリの案内でアクセサリーショップや洋服の店を見て回った。二人で出かけられる機会などあまりない彼、彼女にとってそれはとても有意義な時間だった。ポエットは夜の街に一人で出歩くことはなく、夜の街の姿を見るのはまだ数回目で、街のネオンを見て感嘆の声を漏らしたり、普段とは違う街の風景を楽しんでいた。それを自分の好きな一と一緒に眺めることができるのなら、こんなにも嬉しいことはないのだろう。
神様、ありがとうございます…。そう、ポエットは心の中で呟いた。
しかしそんな幸せの時間も、早いうちに崩された。
ユーリにここで待っていて欲しい、と言われアクセサリーショップの前で待つこと数分。今か今かとユーリが店から出てくるのを待っていると、近くを歩いていた三人組みの女性の一人が店の中を見て他の二人に何か耳打ちをしていた。他の二人は驚いたような顔をして店を見る。
「ホントだわ…、ユーリ様…」
「本物よね、あの背中の翼…間違いないわ。」
「サイン貰えるかしら…」
続いて聞こえてきたのは興奮した女性たちの声。
ユーリ、アッシュ、スマイルのバンドはそれなりにメジャーで人気のあるバンドだった。その中でもユーリの人気はずば抜けていて、ファンも大勢いるとのことだ。どうやら彼女たちはユーリのファンらしかった。
そうしているうちに、店の前には女性ファンたちが集まり始めその数も次第に増えていった。ポエットは困ったようにその女性ファンの集団から少し離れて、ユーリの帰りを見つめる。
どうしてユーリは私のことが好きなんだろう、と…。集まるファンの集団を見てふとそんな疑問が頭を過ぎった。たくさんの女性から好かれ、見れば店の前に集まっているのは綺麗な人ばかり。自分なんてその人たちより遙かに見劣りするのに…どうして。
自分の身から出た疑問に、その心は不安へと沈んでいく。店の前に集まる人々の姿をついには見ていられなくなり、ポエットは俯いてしまった。
それからすぐにユーリは店から出てきた。それと同時に店の周囲に集まった人々から大きな歓声が上がる。突然のことにユーリは少し驚いたように辺りを見、その後さっきの場所にいないポエットを捜そうともう一度辺りを見回した。
店から少し離れた場所、道路を挟んで向こう側の通路に俯いたポエットの姿を見つけることが出来た。ユーリはファンたちに聞こえないよう小さく舌打ちをすると、すぐにその翼を広げ宙へと舞い上がり集まるファンたちの頭上を越え、ポエットの下へと降り立った。
「行くぞ、ポエット。」
「ぇ…、ぁ…ぅん…」
ユーリが店から出てきていたことにも気が付いていなかったのか、ポエットは声を掛けられ顔を上げユーリの顔を見て一瞬驚いて、その後弱々しく返事をした。返事を返す頃にはユーリに手を捕まれ、宙へと飛び上がっていた。空中に舞い上がったことで無意識に翼を広げると、ポエットはキョトンとしながらユーリの後に続く。
「何よあの子、ユーリ様と手なんて繋いじゃって。」
その背後、嫉妬の念が込められた数人の女性からの声を聞きながら。
「―――っ…。」
その言葉が頭の中で響き、ユーリの手を握る力が弱くなって手を離してしまいそうになった頃、ユーリがその手を離さないよう強く握り返した。
そのまま二人はユーリの城へと向かった。夜も遅いので、ユーリの自室のテラスに二人で着地し、そのまま部屋の中へと入っていく。相変わらずポエットは俯いたままで、ユーリの手を握り返そうともしない。
「大丈夫か?」
そんな様子に小さく息を吐きながら心配そうに声を掛ける。ポエットは俯いたまま小さく首を縦に振ると、笑顔のなくなった顔を上げた。
「ユーリ…、私…ユーリと一緒にいていいのかな…?」
その言葉を聞いて小さく肩を竦める。今のポエットの様子からは予想できる言葉だった。ゆっくりとポエットの方へと歩み寄り、その頭を再び優しく撫でた。
「お前が私と一緒に居ることに、誰かの許可が必要なのか?」
「そうじゃ…ないけど…、でも…さっきの人たちは私が邪魔みたい…」
ユーリの言葉に小さく呟くと再び俯いてしまう。思い詰めていた不安な気持ちに、さらに先ほど帰り際に聞こえてしまった言葉で沈んでしまった気持ちは持ち上がらず、悲しそうな声を上げる。
「そんなものは気にするな。私はお前と一緒にいたい、他の者がなんと言おうとも、だ。」
「ユーリ…」
そんな天使の肩を強く掴み、天使の顔を上げさせると、飾りなどではなくただ真っ直ぐな言葉を、天使の目を見つめて言い放つ。その真剣な物言いにポエットも自分の中でユーリのことが好きな気持ちが強くなったのを感じた。
「お前は他人のことを考えすぎだ。自分の幸せを考えることだ。」
他人を幸せにする為に努力するポエットは、他者が幸せになるためなら自己犠牲を伴っても努力するという考えで行動している。ならばもし、ユーリのことを好きな女性がいたとして、その女性の気持ちを知ったら自分は身を引いてしまうのかと。
ポエットの考え方で言うならそうなってしまう。自分が身を引くことでその女性が幸せになれるのなら。それで自分がどれだけ悲しもうと、それが天使の仕事だと…そう思っているから。
「立派な天使になるためには、たくさんの人を幸せにする手伝いをしなければならないと言ったな。」
ユーリは小さなポエットの身体を抱きしめるとそのまま言葉を続けた。
「そのたくさんの人という枠組みの中に、お前自身も入っていると私は思う。自分自身を幸せに出来ない奴が、他人を幸せになどできるはずがない。他人を幸せにするのなら、何が幸せなのか…お前自身が幸せになってみなければならないだろう。ま、そうは言うが…そもそも私は幸せなぞ誰かに与えられるものではないと思うがな。」
ポエットを抱きしめたままそう言葉を紡ぎ、自分の考えをポエットにと投げかける。天使は小さくこくっと頷き、それから顔を上げた。
「私の幸せは…ユーリと一緒にいること…」
「ならばそれでいいだろう。何も気負うことなどない。」
天使の口から紡がれた嘘偽りのない心の言葉に、ユーリは勇気付けるように言葉を掛ける。天使はもう一度、小さく頷くと今度は自分自身からユーリに抱きついた。大切なものを離さない様に、強く…強く。天使はユーリを抱きしめる。
「えへへ…もう大丈夫。…私、いっつもすぐに不安になって…ゴメンねユーリ。」
しばらく抱きついた後、ポエットは深呼吸をして顔を上げて離れる。そこには先ほどまでの暗い表情はない。満面、とは言えないが笑顔を溢している。笑顔がやはり天使には一番似合うと、ユーリは思う。
「気にするな。…私も軽率だった。街中を歩くのに、いつものままではファンに見つかるのも当然だな。すまないポエット。予定ではもう少し街を見歩く予定だったんだが…。」
「ううん、大丈夫…♪私、楽しかったよ?」
一緒に街を歩けたことを思い出すかのように天井を見上げると、ふふっと楽しそうにユーリに笑顔を向ける。もう心配ない、いつもの元気なポエットだった。
「それならばいい…。さて、渡す物がある。本当ならあの場で渡すつもりだったんだが…」
「ほぇ?」
そう言い、ユーリは手に持っていた小さな袋をポエットに渡した。ポエットはキョトンとした顔でそれを受け取ると、開けていい?とユーリに一度問いかけ、返事を待った後、袋から中のものを取り出した。
「わぁ〜♪」
じゃらっ、と。ポエットの掌で音が鳴る。袋の中から出てきたそれは、十字架をモチーフにした銀のアミュレットだった。美しく部屋の明かりを反射するそのアミュレットをポエットは目を輝かせて見つめていた。
「私からのプレゼントだ。あまり一緒に出かける機会がないからな、二人で出かけた記念に受け取ってくれ。」
「ユーリ…うん♪ありがとう…私、大切にする…」
ギュッと、ポエットは大切そうにそのアミュレットを握り締め胸の奥に抱きしめて目を瞑る。しばらくそうしていると、ポエットは何かを心に決めたように、一度ユーリを見上げ…しかしその後、おろおろと辺りを見回した。
「なんだ、どうしたポエット。」
「ぁ、うん…。スマちゃんもアッシュくんも…覗いてないよね?」
その様子に当然疑問を抱いたユーリがポエットに声を掛ける。ポエットはなぜか恥ずかしそうに、そして心配そうに口にした。いや、この部屋は覗きができるような簡素な造りではないが…。
「無論だ。ここには私とお前しかいない。それに、奴らはもう寝ているだろう。」
時計を見れば0時に近かった。アッシュは早起きしてみんなの朝食を作るからもう寝ているだろうし、スマイルは特にやることがなければさっさと寝てしまう。
「そっか、うん…なら…いいの。………っ」
ポエットはゆっくりとユーリに歩み寄り恥ずかしそうにそういうと、足りない身長を補うためにゆっくりと浮き上がりそして、ユーリの唇に軽く触れる程度の優しいキスをした。
「む……」
不意打ちだった。まさかポエットからキスをされるとは思ってもいなかったのだ。ユーリは柄にもなく驚いたように目を見開き、ポエットを見つめ返した。ポエットの方は恥ずかしそうに俯いて着地すると、顔を真っ赤にしてキョロキョロと辺りを見回している。
その仕草がとても愛らしく見えた。
「…では、私の唇を奪った代金を頂こうか。」
「ほえ?」
その言葉に赤い顔のまま、天使は吸血鬼を見つめる。
ユーリは優しくポエットの肩を優しく掴むとゆっくりと顔をポエットに近づけていく。ポエットは近付いてくるユーリの顔から恥ずかしそうに目を反らすが、ユーリがその顎を軽く掴み自分の方へと向かせ正す。
「ゆー…りぃ…」
あわあわ、と恥ずかしそうにさらに顔を赤くするポエットを愛しげに見つめた後、ユーリはその綺麗な首筋に牙を突き立てた。
「…んっ…」
キュッと、ポエットは目を瞑り小さく声を上げる。
吸血鬼はゆっくりと、そのとろける様に甘い血を吸い上げた。吸血鬼のユーリは一定期間血を摂取しないと、突然吸血衝動に駆られる時がある。そうなってしまうと、欲求の赴くままに他者を襲う。そうならない為に、ユーリは定期的に血を飲むことにしている。基本的には病院から血を購入している訳だが、たまに今回のようにポエットから血を貰う。
「…ふぅ…、充分だ。」
「ぁ…、もぅいいの…?」
ゆっくりと、もっと味わいたい衝動を抑え、ユーリはポエットの首筋から口を離す。ポエットは小さく息を吐くと衝動を抑えているユーリを見ながら心配そうに呟いた。
「先ほどの代金には充分すぎる血量だ。」
そう言い、ユーリはポエットに手を差し伸べる。ポエットにとってはもう遅い時間だ。吸血鬼のユーリはこれからがまさに活動時間なのだが、ポエットに無理はさせられない。恐らくポエットは明日の朝もちゃんと起きる。その為にはそろそろ寝なければならない。
「ユーリ…?」
差し伸べられた手を不思議そうに見つめ、ポエットは顔をあげキョトンと首を傾げてユーリを見つめる。
「今夜は私の部屋に泊まっていけ。今夜は一日、暇だからな。」
「…うん♪」
その言葉に嬉しそうに目を輝かせ元気よく返事をすると、ポエットはユーリの手を強く握り締めた。
ユーリはそのままポエットを抱き寄せると、優しく抱き上げ、そのままベッドへと向かっていった。
―――満月の夜。月光が室内を照らしあげる、幻想的な夜の出来事だった。
*コメント
あーうん、甘々(?)でお送りしました。CS14でのポエットのアミュレットは実はユーリからの贈り物でしたー、なんていうベタな妄想。こういうのが好きな人はニヤニヤしながら見ていただけたでしょうか?嫌いな人はブラウザバックしてるよねっ!コメントまで読んでくれてありがとー。
[←後ろにばっく]