†NOVEL†
彼女がこの何もない場所に閉じ籠ってから何年の月日が過ぎただろう…
白く、明るい部屋。
その一番奥にある大きな氷の塊の様な冷たく、透明な柩の中にその少女は眠っている。
彼女の名前はオフィーリア。
長く伸びた黒髪が印象的である。
少女は"時"を止めたかった。
だが、少女の"時"はゆっくりと進んでしまっている。
髪は長く伸び、顔立ちも多少ながら変化した。
しかし、眠っている彼女はそのことに気が付くはずもなかった。
そんなある日。一人の青年がこの場所を訪れた。
「やっと見付けました…なるほど、文献通りですね。」
片手に古びた分厚い本を持ちながら、部屋を見回す青年。
青年の名前はミシェル。
オッドアイの瞳が特徴的だ。
彼は部屋と本とを見比べながら、ゆっくりと部屋の奥に歩みを進める。
そして、少女の眠っている柩の前で歩みを止めた。
「これは…文献には乗ってませんが…。」
青年は少女の顔を見る様に近付いた。
「女の子…でしょうか?」
ミシェルは柩越しのオフィーリアの頬に触れる様に、箱に手を伸ばした。
「美しい…」
誰に言うでもなくミシェルは呟いた。
「あっ、そうだ…。」
ミシェルは何かを思い出した様に自身のバックから何かを取り出した。
「きっと似合いますよ。」
言いながら赤いリボンを少女の眠る柩の床にそっと置いた。
「貴女の事を調べてきます。何か分かったらまた来ますね?」
そう言い残すと、ミシェルは今来た道を引き返す。
半分程来ると、背後で何かが割れる音がした。
ガシャーン!
ミシェルは驚いて後ろを振り向いた。
そこには先程まであったはずの大きな柩が割れ、少女がいなくなっていた。
ミシェルは急いで柩の残骸に駆け付けた。
「そんな…。」
ミシェルはその場に落胆し、膝を付いた。
そして、自分の行った行動を思い返し、悔いた。
柩に触れてしまったから?
声を掛けた事が気に入らなかった?
それとも…
彼女を助けようとしていた彼の頭は、今にも壊れてしまいそうだった。
「クソッ!」
いつもと違い、気性が荒くなるミシェル。
そして自分への苛立ちを隠せなくなり、悔しそうに床を殴り付ける。
「怒らないで…。」
「…え?」
不意に聞こえた上からの声に彼は慌てて顔を上げる。
「怒らないで…?」
「貴女は…」
見上げた先にいたのは、先程まで柩の中にいた少女だった。
「これ、貴方のでしょ…?」
天井近くにいた少女がゆっくりと下降し、片手に握っていた赤いリボンをそっとミシェルに見せた。
「そうですけど…それは貴女に差し上げた物ですよ。」
「私…に…?」
「はい。ちょっと貸してみてください。」
「…?」
ミシェルの言葉に、素直にリボンを渡すオフィーリア。
「ありがとうございます。後、もう少し降りてきてもらえますか?」
立ち上がったミシェルより、少し高い位置にいるオフィーリアを促す様に言う。
不思議そうな表情を浮かべながらも、地面すれすれで浮遊するオフィーリア。
「素直なお嬢さんですね。少し近づいても宜しいですか?」
ミシェルの言葉にコクンと頷くオフィーリア。
「では失礼します。」
言いながら近付いたミシェルは、オフィーリアの頭に赤いリボンを器用に着けた。
「出来ましたよ。やはり良く似合いますね…」
一歩離れて全体を見るミシェルは満足そうに、嬉しそうにオフィーリアを見つめた。
オフィーリア本人は何をされたのか分かっていない表情。
「あっ、すみません。ちょっと待っててくださいね?」
そう言い残すとミシェルは柩の割れた破片を手に取って、オフィーリアの前に戻って来た。
そしてその破片をオフィーリアに向ける。
「どうですか?これで見えますか?」
破片を向けられたオフィーリアは、自分の姿を確認すると驚いた様に目を見開いた。
「可愛い…。」
「ふふ、気に入っていただけましたか?」
「うん…ありがとう…。」
少女はやんわりと微笑む。
その表情を見てミシェルは思い出した事を口にする。
「そう言えば…。」
「…?」
「貴女の名前をまだ聞いていませんでしたね。」
「…オフィーリア。」
「オフィーリア…ありがとうございます。僕の名前はミシェルです。アルフォンス・ミシェルと申します。」
ミシェルは噛み締める様に少女の名前を繰り返すと自分も名乗り、宜しくお願いしますと付け足した。
そして、ミシェルは一番気になっていることを聞くことにした。
「…オフィーリアは…どうしてあの様な所にいたのですか…?」
「………」
「こ、答えたくなければ答えなくても…。」
「…"時"。」
「えっ?」
「"時"を止めたかったの…。」
「"時"…ですか?」
「そう、"時"…"時間"…。」
「またどうしてそんなことを?」
「大人になりたくなかったの…大人は汚くて、醜い。だから…。」
オフィーリアは静かに、けれど自分の言葉で精一杯に思いを伝えた。
「だけど…"時"を止めることは出来なかった…。」
そこまで言い切るとオフィーリアは俯いてしまった。
話を聞いたミシェルは少し考えてから
「確かに大人は汚いかもしれませんね…でも、そんな大人ばかりでもないと思いますよ?」
「え…?」
「そんな大人ばかりだったら僕も嫌になってしまいますからね。」
そう言うとミシェルは苦笑した。
「だから、僕は今此処にいるんだと思います。」
「………。」
「オフィーリア。僕と一緒に行きませんか?」
「…えっ?」
ミシェルの言葉に顔を上げるオフィーリア。
「何かあれば僕が貴女を守ります。命に代えてでも守ってみせます!オフィーリアの心までちゃんと…護りますから…だから……!」
「絶対…?」
「はい。絶対です。約束しますよ。」
にこりと微笑み、オフィーリアを見つめる。
「さぁ…。」
言いながらオフィーリアに手を差し出すミシェル。
オフィーリアは、期待と不安が入り交じった表情を浮かべる。
「無理強いはしませんよ?貴女の意思にお任せします。」
「うん…。」
「もし一緒に行って、僕に不甲斐ないところがあれば此処へ戻って来ても構いませんよ?」
ミシェルは優しく問い掛ける。
「でも、私が出てこれたのはミシェルのお陰だから…。」
「どう言う事ですか?」
「頭の…もらえて嬉しくて…。こんな私の為にくれた事が嬉しくて……。もう一度人を信じてみようかなって…思ったの…。」
少女は少しはにかむ様にしながら呟く。
「そうだったんですか…そう言ってもらえると嬉しいですよ。」
「…嬉しい?」
「はい。だって僕はオフィーリアとこうして話すことを望んでいたんですから。」
「………。」
「オフィーリア?」
「私…一緒に行きたい…。」
オフィーリアはミシェルの目を見つめながらはっきりと言った。
「では、行きましょうか?」
「うん…!」
オフィーリアはミシェルの手を取り、二人は光輝く外の世界へと歩んで行く。
*Fin
昔のミシェルは誠実だったなぁ…
今、私の中では腹黒くなってしまいましたが…
ここまで読んでいただき、ありがとうございました☆
燐月奈亞 2008,1,25
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