†NOVEL†
あの時何故、私は少女を治す薬を渡したのか。
あの時何故、私は天使を留めさせようとしなかったのか。
あの時、私にはそれができたはずだった。だが、何故かその気になれなかった。私は天使が欲しかった。それは間違いのないこと。
何故なぜナゼ―――
「偽りの笑顔―――」
夜闇に溶け込むかのごとく漆黒。黒より尚暗いその部屋で、仮面の男は小さく呟いた。その呟きは室内を反響して溶けていく。
「偽りの愛情―――」
人形のような声。心のないような声。それは深淵の黒に染まった部屋の中で、その呟きの一片すらも誰に残すことなく、消えていった。
―――トちゃん…!
誰にも残すことのないはずの呟き。その場には誰もいないのに、その声を聞いた気がした。
暗い暗い闇の中、現実とは違うまどろみに包まれた中でうっすらと…その呟きを聞いた気がした。その光景を見た気がした。
「ポエットちゃん!」
ゆっくりと目を開ける。
目の前ではエプロン姿のアッシュちゃんが私を覗き込んでいた。ふと、辺りを見回してみる。どうやらソファーの上で眠ってしまっていたらしい。
「あ、アッシュちゃん…おはよぅ…」
「おはよう、じゃないっスよ。こんなところで寝たら風邪引くっていつも言ってるじゃないっスか。」
そう言うとアッシュちゃんはソファーに寝そべっていた私の身体を起こしてくれた。でも、さっきの夢…なんだったんだろう?あれはきっと…
「ご、ゴメンね…?」
「まぁ体調を崩さないならいいっスけど。」
ヤレヤレと言った感じにアッシュちゃんは肩を竦めている。それにしてもいつもユーリとバンドをしている時はカッコイイ服とか着てるのに、それも似合ってるんだけど…、エプロン姿も似合ってて…。
「アッシュちゃんってお母さんみたい♪」
「スマイルにも似たようなこと言われたっスよ…」
「あれ、嫌なの?」
「…自分、一応男っスよ?」
わしゃわしゃとアッシュちゃんは自分の頭を掻きながらそう言うと、洗濯の途中だからと部屋を出て行った。私はソファーから起き上がると大きく背伸びをした。時計を見てみると1時間ほどは眠ってしまっていたらしい。
今朝はまだ眠っていたが、そろそろ起きている頃だろう。ユーリの怪我はまだ完治していない。それなりに深い傷だったようで、今はバンドを休止している。今朝様子を見に行ったときはまだ起きていなかったので、ポエットは後でもう一度行こうと思っていたのだ。
「ユーリ、起きてる?」
コンコン、とポエットは扉をノックする。寝ていた場合起こすことになってしまうので、少し聞こえる程度に静かに優しく叩く。
「ポエットか?…起きているぞ、入ってきてくれ。」
すぐに応答の声が聞こえ、ポエットは嬉しそうに扉を開くと部屋の中へと入った。
ユーリはベッドの隅に腰を降ろしていて、部屋に入ってきたポエットを見ると小さく微笑んだ。ジズの飲ませた薬の影響でポエットがユーリに怪我を負わせてから一週間。如何に吸血鬼と言えども、ユーリの傷は完全には癒えていなかった。
「ユーリ、怪我はどう…?」
部屋に入るなりすぐさまユーリの元へと飛び寄るとポエットは心配そうにそう問い掛けた。意識がなかったとは言え、自分が怪我をさせてしまった。ユーリには気にしなくてもいいと言われたが、やっぱり気にしてしまう。
「ああ、もう殆ど痛みはない。普通の人間だったら完治など程遠いが、生憎私は人間ではないからな。」
そう言って笑い掛け、心配そうに自分を見上げるポエットの頭をユーリは優しく撫でた。怪我を負った時は自分の力だけではとても治せるものではなかった。しかし、どういう風の吹き回しか治療薬をジズが渡してくれたらしい、という話をアッシュから聞いていた。さらに、媚薬毒に犯されたポエットを解毒したのも、その毒を盛った本人であるジズだった。
何を考えているかわからないが、そのことに関しては感謝している。だが、だからと言ってジズの行ったことを許すつもりもなかった。
「よかったー…。これでファンのみんなもユーリたちの歌、また聞けるね♪」
「そうだな。怪我が治ったらまずはお前に聞かせるとしよう。」
「ふえっ…、い…いいの?」
「本番前にリハーサルを行うのは当たり前のことだろう。リハーサルに立ち会ってくれれば、一番に聞けるぞ?」
「…えへ、ユーリ…♪」
ポエットは心の底から嬉しいのかギュッとユーリの腕に抱き付くと甘えたような声を上げた。そんなポエットが愛おしく思えたのか、ユーリはそのまま天使を抱きかかえると自分の膝の上に乗せ、ポンポンと頭を撫でた。
「それに私も、この一週間無駄に過ごした訳ではない。」
「ほえ?」
自分のすぐ近くから聞こえてくるユーリの声にポエットはキョトンと首を傾げた。
「長い休暇だったからな。新曲を書いた。」
「え!ホントっ!?」
目の前で声を上げて驚くポエットにユーリは頷く。ポエットは歓喜の声を上げながら拍手を送った。
「見たい♪」
「まだお預けだ。」
「えー、どうしてー?」
心待ちにしているようで期待の眼差しをユーリに向けてそれを言葉にするも、まさに即答。すぐさま一言の元に切られた。ポエットは頬を膨らませながら抗議の声を上げる。
「お前にはちゃんと完成したものを聞かせたいからな。」
ユーリはそう言うとなだめるようにポエットを抱きしめた。ポエットは頬を膨らませていたものの、本当に拗ねているわけではない。ユーリに優しく抱きしめられるとすぐに嬉しそうな笑顔へと変わり、自分の身体を預けるようにユーリにもたれ掛けた。ユーリはそんなポエットに顔を近付けると、そのままその柔らかい唇を奪った。
「ぁ…、ん…っ」
突然のことだったので、ポエットは少し驚いたがすぐに目を瞑ると嬉しそうにそれを受け入れた。長かったのか短かったのか、しばらくそうしていた気もするが時間が止まっていたかのようでよく分からない。その後、ユーリはゆっくりと唇を離した。
「今はこれで我慢だ。」
「あ、…うん…」
キスが終わればはっとしたようにユーリから目を逸らして頷く。キスをしている間はいいのだが、こうしてキスを終えると嬉しさよりも先に恥ずかしさが立ってしまい、ユーリと目を合わせられなくなるのだ。
「ヒヒヒ…、良いもの見せてくれてありがとう。」
「っ…!」
と、突然二人しかいないはずの部屋に三人目の声が響く。ユーリはしまった、というように顔を伏せると小さく溜め息をし、ポエットに至っては顔を真っ赤にして部屋から出て行ってしまった。
「あーあ、ポエットちゃん行っちゃった。止めなくていいのカナ?」
声の主はもちろんスマイルだ。透明人間である彼は姿を隠した状態でいつの間にか部屋に入ってきていたらしく、一連を見ていたようだった。
「…覗きはあまりいい趣味とは言えないぞ、スマイル…」
そう、怖いほどの笑顔で言うユーリの声はワナワナと震えていた。ゆらりとベッドから立ち上がるとユーリはギラリと赤い目を光らせた。
「アレェ…もしかして怒ってる?」
焦った様子もなく、反省した様子もない、いつも通りの声がユーリに聞き返す。きっと普通の人なら聞くまでもないことだ。
「当たり前だ!!」
「…なんか上の方が騒がしいっスねぇ…。ま、ユーリも元気になってなりよりっス。」
上の階から聞こえる謎の騒音に溜め息なんてしながら、エプロン姿のお母さんアッシュは夕食を準備を進めていた。そんな時、背後の扉が開き慌てた様子のポエットが入ってきた。
「あれ、ポエットちゃんじゃないっスか。そんなに慌ててどうしたんスか?」
「スマちゃんが、の…覗きして、恥ずかしいからそのっ」
顔真っ赤っスよ?と次いで問い掛けながら、今まさに部屋に現れた相手にそう問い掛ける。ポエットは入ってきた扉をぶんぶんと落ち着かない様子で指差しながらそう叫ぶ。
「え、スマイルが覗きっスか?」
姿を隠せるのをいい事にそんなおいしい思いを…もとい、そんなことをするなんて。それにしても覗きってまた、ポエットちゃんこんな時間にお風呂でも入ったんスかねぇ…?
「後でスマイルは叱っとくっスから、落ち着いて。もう大丈夫っスよ。」
「う、…うん…」
アッシュは落ち着かせるようなゆっくりした口調でそう言う。その一言でポエットも落ち着いたのか大きく深呼吸した。
「ちなみに覗きってお風呂でも入ってたんスか?」
「え?…お風呂じゃなくって、その………っ」
何を思い出したのかお風呂を否定してから暫く硬直して、ポエットは再び顔を真っ赤にすると扉を開けてまたどこかへ言ってしまった。アッシュは突然のことに呆気に取られながらもうーん、と考え込むように再び夕食の支度を始めた。
「…なんかマズいこと聞いちゃったっスかねぇ?なんか、ごめんっス。」
何のことか分からないアッシュはとりあえず既に居なくなったポエットが居た場所に謝ってみた。
もちろんその場にポエットは居ないので返事はなく、その言葉は虚しく部屋に響いただけだった。
*コメント*
なんかあまりリクエストに応じられてないような…。
若干コメディっぽくなったような…?
最近小説って書いてないから文章能力がゴミになりましたとさ。(ぁ)そして、この話の開始早々の伏線は今後の作品で拾います。
これが、ジズ様フラグ!
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