†NOVEL†
昨日も雨、今日も雨…。迷子のこの子を拾ってからもう三日になる。この雨は三日前に降り始めた。フラワーショップを経営する私は、その日の閉店の際に店の前でこの子が雨宿りをしていたのだ。私はその子を店の中へと招き入れた。少なくとも外にいるよりは暖かいし、濡れた身体を乾かすこともできる。
それからずっと雨が降っており、この子も外に出ようとはしない。家の中から誰かを待つようにずっと外を眺めている。飼い主がいるのだろうか。
「今日も雨かぁ…ご主人様はいるのー?」
雨が続いているせいなのだろうか、店にお客さんもほとんど訪れない。彼女はタオルが敷かれたかごの中で丸くなっている猫に話し掛けた。柔らかそうな綺麗な毛並みのその猫は、一度彼女を見上げると小首を傾げるようにして、再び店の外を眺め続けた。
外では相変わらず雨が降り続いている。きっとこの子のご主人もこの子を探してるだろう。でもその人が広い街の中からこの店を見つける可能性は低い。それに彼女とてフラワーショップを経営しているため、定休日以外は店を離れるわけにもいかない。
「はぁ…どうしたらいいかなぁ…」
店のカウンターで彼女は小さく溜め息を吐く。そんな時、かごの中で丸くなっていた猫が突然立ち上がり、同時に店の扉が開いた。
「あ、いらっしゃいませー。」
ぱさっと傘を閉じて店に現れたのは暖かそうな服を着込んだ小さな天使だった。もちろん私はその天使をよく知っている。小さな天使はよく私のお店に来る常連客だ。花はあまり買っていかないけど。
「えへへ、こんにちわー♪…あれ、その子…」
「こんにちはポエットちゃん。三日前にうちの前で雨宿りしてたのよ…。このところずっと雨だから帰るに帰れないみたいで…」
ポエットは店に入るなりその猫を見つめて歩み寄ると優しく抱き上げた。猫は全く嫌がる様子を見せず、もう懐いているかのようにポエットの頬に擦り寄った。ポエットを嬉しそうに愛らしく猫を抱きしめながらも、何かを確認するように猫を見つめていた。
「この子、ししゃもだ。」
「あら、知ってるの?」
「うん♪ちょっと前から私も探してたの。」
「飼い主さんとも知り合い?」
「そうだよー♪」
どうやらこの子はししゃもというらしい。ポエットちゃんも飼い主さんを知っているみたいだし、探してたって言うのもきっとその人に頼まれたんだろう。やっとこの子も元の飼い主さんの元に帰ることができそうだ。
「ね、はなちゃん。飼い主さんが夜じゃないといないから、今夜ここに連れてきてもいい?」
「そうねー…、いいけれど私が出向かなくていいのかしら…」
「んっと…、もし誰かのところでお世話になってたら僕が出向きますって言ってたから大丈夫だよー?」
「しっかりした人ねー…」
「うん、いい人だよー♪それじゃあ私、夜になったらその人連れてくるね?」
「はいはいー。お願いねポエットちゃん。それと、お花…買っていかない?」
さり気無く一声。ポエットはいつも店に花を見に来るものの、買って行くことはあまりない。別に冷やかしに来ているわけでもないので彼女も気にしてはいないが、ここのところ雨であまり客足も芳しくないので買っていって貰えるとそれはそれで嬉しい訳である…が。
「ご、ゴメンね…ポエット…お小遣い足りなくて…」
と言う訳だ。ポエットのお小遣いの管理は一緒にお城に住んでいるアッシュという子がしているらしい。ポエットはお金の管理ができないらしく、あれば使ってしまうらしい。それも自分のためだけではなく、人のためにでも惜しみなくお金を使ってしまう辺り、使用に際限がない。自分の所持金を後先考えずバンバンと使ってしまって後で困るのがいつものことらしく、そのアッシュという人もポエットに関してはお金に厳しくしているらしい。当の本人も分かっているとのことだけど、まぁ何度も繰り返している辺りきっと使い方をわかっていない。
「ふふ、冗談よ。でもたまには買って欲しいかなー…」
「ご、ゴメンね〜…っ」
わざと残念そうな顔をしてみる。目の前の天使はそれを真に受けて申し訳なさそうにわたわたと困ったような顔をしている。うん、ポエットちゃんってカワイイ。
「うそうそ、気にしないでこれからも遊びに来てね。ポエットちゃん。」
「うう…うん、ありがと〜…」
今度は嘘だったの?なんて呆気からんな顔をする。なんというか、自分の感情に素直な子だとつくづく思う。
その後、夜に会う約束をしてポエットは再び雨の中飛び立っていった。ポエットは夕食後にししゃもの飼い主を連れて来るらしい。今夜もこれといってすることもなく、はなちゃんは店の奥で待つだけだ。はなちゃんのフラワーショップははなちゃん自身の自宅とくっ付いている。自分の家の一角を花屋として経営しているらしい。店の入り口とは別に家側の玄関もあるので、店の方は先に閉めた。季節は冬に近付いていてもうすぐクリスマスもある。肌寒くなってきたのではなちゃんは電気炬燵を出して、夜はゆっくり娯楽を楽しみながら暖まっている。炬燵の中が暖かいのかししゃもは炬燵の中でぬくぬくとしている。猫は炬燵で丸くなる、というやつだ。
しばらくそうして待っていると玄関の呼び鈴が鳴った。時間的に、恐らくはポエットだろう。はなちゃんは炬燵から出て立ち上がると返事をしながら玄関の方へ急いだ。
「こんばんわ〜、連れてきたよー♪」
「今晩は。そちらの方?」
訪ねてきたのは案の定ポエットだった。後ろにはスーツ姿の男の人を連れてきていた。まだ雨が降っているのか二人とも少し濡れていた。片手には傘を持っているようだが雨が強かったのか、どうやら普段通りの役割は果たしてくれなかったようだった。
「初めまして、サトウと言います。うちのししゃもがお世話になっているみたいで…」
「あ、初めまして。飼い主さんが見つかってよかったです。元気にしてますよ?…あ、どうぞあがって下さい。ポエットちゃんもどうぞ。」
はなちゃんはサトウさんとポエットの二人を家に招き入れると居間の電気炬燵へと案内した。二人とも濡れていたので、はなちゃんは二枚のタオルを持ってくると二人に渡し、自分もそそくさと炬燵へ入った。
「ふえぇ…今日は雨が酷いよー…」
「ごめんねーポエットちゃん、ししゃも探しに付き合ってもらっちゃって…」
「ううん、気にしないでいいよぅ♪…ししゃもはー?」
ポエットが見当たらないししゃもを探すように部屋中をきょろきょろと見回す。部屋にいるのは確かだが、きっとこのままじゃ永久に気付かない。灯台下暗しという言葉を彼女は知っているのだろうか。
「ポエットちゃん、ここここ。」
このまま放っておいたら永久に探し続けるだろうポエットを見て、はなちゃんは炬燵をの中を指差す。するとポエットはきょとんとした顔で炬燵の中を覗き込み、わぁ、と晴やかに笑った。
「ししゃもー♪」
ポエットはししゃも見つけたのが嬉しいのか炬燵の中にいるししゃもに声を掛ける。ししゃもは炬燵の中でにゃー、と一度鳴くと暖かい炬燵からは出たくないらしくその場に丸くなって動かなかった。
「ししゃもは元気にしてましたか?」
「元気って言えば元気にはしてたんですけど、ここのところの雨でうちから出られなかったみたいで。」
「今日連れて帰りますので、お世話掛けました。」
「いえいえ…、私も普段一人で寂しかったんですけどね…ししゃもがいてくれて楽しかったです。」
少しししゃもがいなくなるのは名残惜しい気もするけれど、元の飼い主さんのサトウさんのところに戻るんだから仕方ないよね。
しばらくそうして世間話を幾つか。そうしている間に時間は過ぎ、話の途中で時計を見たポエットは慌てて帰宅した。あんまり遅くなるとみんなが心配するらしい。ししゃもも、もう炬燵の中には居らずいつの間にかサトウさんの膝の上だ。
「それじゃ、僕もそろそろ失礼しますね。明日も仕事ですから。」
「あ、はい。なんだかサラリーマンって大変そうですよね…。」
「大変だなんてそんなことは。仕事、ですからね。それじゃ、ししゃものことありがとうございました。」
サトウさんは玄関を出る前に律儀に頭を下げるとししゃもを抱きかかえて帰っていった。ここのところはししゃもが居てくれたが、今日からはまたいつも通りの一人になる。
「なんだか、ちょっと寂しいかな。」
誰にでもなく、一人でぽつりと呟きながらはなちゃんは部屋へと戻っていった。
―――――翌日。
「にゃー。」
いつも通り店の扉を開くと、入り口にちょこんと猫が座っていた。その猫は昨日飼い主のサトウさんが連れ帰ったはずの…
「ししゃも…」
小さくその子の名前を呟くはなちゃんに、ししゃもはもう一度鳴く。はなちゃんは嬉しそうにししゃもを抱きしめた。昨日帰ったというのにまた逢いに来てくれたのだ。もしかしたら雨だから帰らなかったのではなくて、ししゃもがこの場所を気に入ってくれたから帰らなかったかもしれない。
「もう、サトウさんがせっかく迎えに来てくれたのに…ダメじゃない。」
それでも、そんなふうに言うはなちゃんの顔は笑顔でいっぱいだった。はなちゃんはししゃもをカウンターの前にある、毛布などのふわふわしたものを敷き詰めたダンボール箱にししゃもを入れてあげた。
夜になれば勝手に帰るのか、はたまたサトウさんが迎えに来るのを待っているのか。
どちらにせよ、一人が寂しかったはなちゃんには嬉しい出会いだった。
「サトウさん…、また来るのかしら…」
ふと、なぜかそんなことを考える。
そう言えば男の人を家に入れたことなんてなかったな。人を家に招き入れて話をするって凄く楽しいし暖まる。…また来てくれたらいいんだけど。
そんなことを考えながら、はなちゃんはカウンターからボーっと外を眺めているのだった。
今日は快晴。雲ひとつない晴れ渡った空。夜にはきっと綺麗な星が見られることだろう。そんな綺麗な星たちの下で、また暖かな夜を過ごせたら。一人でいるときは考えもしなかったことをししゃもは与えてくれた。それに、ポエットちゃんも居てくれたから新しい出会いもできた。楽しい夜が待ち遠しい―――。
その晩は綺麗な星たちが街を照らした。
そんな夜を、はなちゃんは暖かく過ごせたのかもしれない。
*コメント*
なんか、一日で書けなくて日をわけて何回かで書いたせいで文章がおかしいことになってます。
まぁあれです。私の文章能力のなさが全面に発揮されたSSになってしまいました(笑)
次はもうちょっと頑張ります…見捨てないでっ←
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