†NOVEL†

 随分と昔、さかのぼることどれ程の時か分からないくらい昔。幻想卿の人里には、とある殺人鬼の噂が持ち上がっていた。何人もの村人が無残に殺され、時には村ひとつ壊滅することもあったという。

 それなのに噂とされるのは何故か?



 目撃者がいないからである。正確には違う。目撃者はいる。ただしソレが目撃者としての役割を果たさない、ただそれだけのことだった。

 ―――つまるところ、目撃者は死体。つまり、目撃したものは生きては帰れない。それだけの話。故に、噂。生きている者にその凶鬼を見たものはおらず、生きている者が見つけられるのはただの死体の山。唯一、その殺人鬼が何を使って殺戮を繰り返しているか、それだけは分かる。必ず死体には、ナイフで刺された後があるからだ。だからと言って何が出来るわけでもなく、人間達はただ見えない死に怯える事しか出来なかった。

 しかしその殺人鬼の噂も長くは続かなかった。ある時を境にばったりと殺人が行われなくなったのだ。最初は戸惑う人間たちもしばらくすると安心を取り戻してくる。いつの間にか人里では殺人鬼の噂など忘れられてしまった。

 殺人鬼として動いていたソレはどうなったのか?死んだ?…否、殺害対象が変わっただけに過ぎない。人間相手ではつまらない、それだけだった。





「満月…、ここに噂に聞いた悪魔がいるのね…」

 無数のナイフを持った独りの少女が、紅く聳え立つ怪しい屋敷の奥、血の色の部屋の中で静かに言葉を漏らした。

 人里には殺人鬼の他にもうひとつ、噂があった。妖怪の住むとある湖の先、紅く聳え立つ屋敷に住む吸血鬼の噂だ。訪れた者の生き血を吸い、永い時を生き続ける吸血鬼。夜には近くの湖周辺を飛び、人間を襲うという。

 ナイフを持った少女は周囲を見渡す。噂が本当ならここにその吸血鬼がいるはず。悪魔と謳われる吸血鬼なら、少しは人間より私を愉しませてくれるだろうと。



 そう、その少女こそが。同じ人間でありながら人間を虐殺していた殺人鬼だった。



 闇の中からゆっくりと、その吸血鬼の姿が現れる。少女は憮然とその姿を見つめ、歓喜した。噂は本当だったと。これから愉しい愉しい悪魔殺しが始まるのだと。

「人間の里の殺人鬼ね…、人間殺しは飽きて私のところに来たのかしら?」
「そうよ、アナタは悪魔じゃない。私がアナタを殺して悪魔になる。」

 少女の言葉に悪魔は笑う、その笑いを見て少女も愉快に笑う。二人の少女と悪魔の甲高い笑いが部屋の中に響き渡ると、少女が静かに手を挙げた。

「サヨウナラ。アクマサン。」

 瞬間、悪魔の周り…四方八方全ての位置に、ナイフが現れた。ほんの一瞬前までにはそこになかった物。それがその一瞬で突如として現れたのだ。逃げ場などない、丸い檻の様にナイフが悪魔に向かっているのだから。
 そして、それらは躊躇なく悪魔の全身に…その細部に至るまで突き刺さり、鈍い音と共に激しい鮮血が迸り―――

「ッ…!?」

 突如、怖気の走るような気配を背後に感じ、振り返り様に手に持っていた無数のナイフを虚空へと投げつける。背後には誰も、いない。額を伝う嫌な汗を拭い、ゆっくりと振り返る。そこにはナイフが全身に刺さり絶命している悪魔の姿が…、なかった。

「な…」

 そこには自分が投げつけたはずのナイフもない。周囲を見渡す、自分のナイフもなければ悪魔の姿も辺りには見つけられなかった。

「上!!」

 死角である自分の真上にナイフを無数投げつける、しかしナイフの弾かれる音と同時に、逆に自分のナイフが高速で降り注いで来た。その降り注ぐナイフを見据え避けるため身を翻そうと地を蹴り…、いつの間にか隣にいた悪魔に身を強張らせた。

「時間を操れるのね、面白いわ。こんな人間初めて。」

 ぐっ、と服の袖を掴まれ身動きが取れないまま自分のナイフが数本、肩や腕に突き刺さる。

「ぐっ…」

 痛みに顔を歪める少女に、休む間もなく少女の首に鋭い爪が突き立てられる。軽く爪が首に刺さり、細く血が首筋を伝う。だが少女は笑っていた。

「これでオシマイ。」
「…!」

 少女の笑みと言葉に、悪魔は少女を掴んだまま背後を振り返る。そこには、いつの間にか一本のナイフが空中に静止して、弾丸の様に悪魔目掛けて降り注いだ。

「ハハッ…!」

 少女の笑い声が上がる、今度は完全に取った。少女の目の前で、悪魔の心臓にナイフが突き刺さったのだ。ナイフは悪魔の背中から貫通し、鋭利な先端を悪魔の胸に覗かせている。悪魔はナイフが刺さったショックからか全身を一度痙攣させた。少女はその光景を見ながら笑い声を上げ、服を掴んでいる少女の腕を離そうと手を力を込め…だがその腕が少女の服を離すことはなかった。
 まさか、とゆっくりと目の前の死骸を見上げると、項垂れていたはずの悪魔は凶気の笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「やっぱり…面白いわアナタ。でも残念、時間と空間を操るアナタでは私には勝てない。私は運命を操る、だからアナタに私は殺せない。そして、アナタの運命を左右するのも…ワタシよ。」

 少女は言葉を失う、少女はこの悪魔に会った時点でこうなると定められていた。悪魔の能力によって。そしてこれからどうなるのかも悪魔次第。少女は笑う。今度は凶鬼めいた笑いではなく、心の底から楽しめたという笑い。

「…貴女の運命は私のモノ。そして貴女は私と共に永い時を生きるのよ。時間を操る貴女なら自分の時間を止めることもできるでしょう?」

 悪魔はそういうと口を小さく開き、吸血鬼の牙で少女の首筋に噛み付いた。少女は一瞬ビクッと身体を震わせ、全身に襲う感覚に甘い声を上げると悪魔に身を委ねた。

 しばらくそのままの状態が続き、悪魔がゆっくりと少女の首筋から口を離すと、少女を放した。少女はその場にゆっくりと跪く。

「さぁ、私と共に着なさい。」

 その言葉に少女は迷いなどなく、定められた運命を受け入れるように言った。



「はい、お嬢様。」



*コメント*


はい、東方です。紅魔の咲夜とレミリア様でお送りしました。ただの妄想です。
 



[←後ろにばっく]