†NOVEL†

 紅魔館、図書室。

 外からの日差しすら届かない奥深くの図書館で、少女は本を読みふけっていた。
 少女が座っている椅子の前には机がある。その机には恐らくこれから読むであろう別の本が無造作に積まれていた。時刻はとうに正午を過ぎ、後数時間もすれば陽が沈むであろう時間だった。

「―――咲夜。時間よ。」

 本を読み続けたまま、少女は誰もいない図書館で声を上げる。虚空に響く声、誰もいない図書館で、それを返す人物などいない。―――その瞬間までは。

「ハーブティーをお持ちしました、パチュリー様。」

 刹那、ティーカップと受け皿を片手に少女の前には紅魔館のメイドがいた。つい数秒前までは確かに誰もいなかった空間に、当然のように現れてみせる。時間と空間を操る紅魔館のメイド長、十六夜・咲夜にとって、それは当たり前のことだった。
 メイドとして、主や従者の要望に対し彼女らを待たせることは不本意なのだ。故に彼女は要望を受けたその瞬間、時を止める。時を止めている間に要望を満たし、再度時を動かす。停止した時間の中で咲夜は確かに働いているが、時を再び動かした時、それは他の者には分からない。
 結果的に、主や従者たちの要望に瞬時に応じることができるのだ。正確には、彼女らにとって瞬時なのだが。

「…ありがとう。暖かいうちにいただくわ。」

 パタン、と読んでいた本を閉じ机の上に静かに置き、ティーカップを咲夜から受け取る。咲夜はティーカップが手元から離れると一歩下がりお辞儀をする。そして、服のポケットからカードを取り出し―――

「下がる前に一ついいかしら?」

 時間を止めようとしたところを呼び止められた。

「はい?」

 カードを取り出したまま首を傾げ、咲夜は従者を見つめる。今日はハーブティーの気分じゃなかったかしら、と内心。そう思っていると、いつものことでまた注意を受けてしまった。

「…図書室に鼠が入るわ。ちゃんと鼠捕りをして頂戴。門番には最初から期待してないから貴女が責任を持って退治しなさい。」
「申し訳ありません―――。門番には私も期待していませんが、鼠は何とかしなければいけませんね。注意してはいるのですが、なかなか…。」

 咲夜は申し訳なさそうに再びお辞儀をすると、カードを宙へ翻し瞬時に図書室を後にした。少女は静かに溜め息を吐くと、肩をすくめてハーブティーをすすった。



「そう簡単に見つからないぜ…」

 囁くように小さく呟く少女が一人。パチュリーが何かを飲んでいる隙に欲しい本を持っていくとしよう。今日は大きな風呂敷まで持参したらしく、少女は持てるだけ持って帰る魂胆のようだった。

「それにしても鼠、鼠って…。私は鼠じゃないんだけどな。」

 先程のパチュリーと咲夜の会話を思い出しそういうと、失礼だぜ…、と溜め息を吐く。
 少女が紅魔館の図書室から本を自称『借りる』のは、今に始まったことではない。西洋魔術を扱う彼女は、魔術の知識が豊富に書かれた本が大量にあるこの場所には、一度来てからというものずっと目をつけていた。隙有らば持って行こうと、初回から考えていたのだ。  それからというもの、彼女は『借りる』行為を繰り返している。勿論、持って行った本を返したことはない。管理者であるパチュリーの許可を取ってもいない。自称『借りる』だが、その行為は完全に『盗む』である。

「…大量だぜ〜…☆」

 風呂敷いっぱいに本を詰め込むと、満足そうに背中に背負い図書室を静かに後にしようとした。―――が。

「げ…。」
「―――、鼠さん。何をしているのかしら?」

 ばったり、パチュリーと遭遇した。



「いやっ、これはその―――。借りてた本を返しに来たんだぜっ!!」

 なんて、魔理沙は全力で手を横に振っている。少女はただ無言で、魔理沙を見つめる。そんな少女の様子に魔理沙はさらに慌ててしまう。そんな魔理沙を尻目に、少女は静かにスペルカードを取り出した。

「…悪い鼠はいい加減退治が必要ね。」
「ちょ、待てパチュリー!これには多分深い訳があるんだぜっ!」
「一生言ってなさい。」

 ―――火水木金土符『賢者の石』!―――

 パチュリーの周りに赤青緑黄茶、という五色の大きな石が浮き上がる。それぞれが強い魔力を持った結晶体である。

「話せば分かるんだぜ!そんな、最初から全力なんて、ちょ…待ッ」

 見つかるとは思っていなかった魔理沙は、今日はまともなスペルカードを所持していなかった。それに、例え周到に準備をしていたとしても本気になったパチュリーが相手では、複数のスペルカードを使わないと恐らく勝てない。
 そんな事実もあって、万策尽きたー!と魔理沙は本の入った風呂敷を床に落とし、頭を抱えてしゃがみ込んでいた。そろそろ来るであろう弾幕に怯えて、俯いていた。

 ―――だが、いつまで経っても何の痛痒もない。不思議に思って顔を上げようとしたその時、ドサッと何かが倒れる音がした。

「っ…パチュリー!?」

 目の前で、胸を押さえてパチュリーが倒れていた。賢者の石もいつの間にか消えて、スペルカードも落ちていた。
 パチュリーは持病を抱えている…、その発作だった。



「―――、退治するはずが助けられるとは思わなかったわ。」
 ベッドの上、魔理沙に抱えられてベッドに寝かされたらしく、自分が目を覚ました時には既にここに横になっていた。

「それだけ口が達者なら大丈夫だな。」
「こほっ、…誰のせいでこうなったんでしょうね。」

 小さく咳をして、布団から半分だけ顔を出してじーっと魔理沙を睨みつけてみる。魔理沙は苦笑すると両手を腰に当てて溜め息を吐いた。

「無理してスペカ使ったのはあたしのせいじゃないだろ?咲夜を呼べばよかったんじゃないか?」
「―――、そもそも貴女が本を盗まなければいいのよ。」
「盗んでるなんて人聞きが悪い。借りてるだけだぜ☆」
「…やっぱり一度私の手で退治したいわ。」

 はぁ、とパチュリーは大きく息を吐いて見せる。言ってみたものの、今身体を動かすとまた発作が起こりそうだ。しばらくはこのまま動けないと、そういった意味を含んだ溜め息だった。

「ま、本を何冊も借りてることだし、こういう時ぐらい助けないとな。さすがに突然倒れられたりしたら心配だぜ。」
「……、そう…心配してくれて少し嬉しいわ。」
「へぇ…。」

 魔理沙に心配されるとなぜかとても嬉しかった。そして迂闊にも、本人の前で本音を口にしてしまった。それを聞いた魔理沙は珍しそうな顔でパチュリーを見つめた。

「な、なにかしら?」

 自分でも赤面しているのが分かる。落ち着こうとするが、上手くいかず目の前にいる魔理沙を見るとどうしても落ち着けない。

「少し嬉しいだけなのか?…本当に少し、なのか?」

 にやにや、という表現が的確に当てはまるような顔で魔理沙はパチュリーを見つめ、ゆっくりと顔を覗き込むように近づける。

「なっ…。す、少しよ…!少しに決まっているで―――ッ!?」

 一瞬、何が起こったか理解できなかった。突然のことで頭が真っ白になった。
 顔を近づけてくる魔理沙を見ていたら、恥ずかしくなってきてすぐに否定しようとして、なぜか唇を何かに塞がれた。
 ―――その何かは、しばらくすると魔理沙の唇だとわかった。
 それを理解する頃には魔理沙は唇を離していて、こっちを見て笑っていた。

「ぁ―――、っ…」

 パチュリーは驚いた表情のまま、自分の唇にゆっくりと手を当てる。

「どうしたんだパチュリー、顔真っ赤だぜ?」
「―――――ッ」

 魔理沙に指摘されてさらに顔が赤くなったのが自分でも分かったらしく、両頬に手を当てて魔理沙がいる方とは反対側を即座に向いた。
 恥ずかしくて魔理沙の顔なんかまともに見られない。なんだって―――キ、キキキスなんか―――!!

「パチュリーも可愛いところあるんだな。ちゃんと身体休めろよ、あたしはもう行くぜ。」

 そういうと魔理沙は立ち上がり紅魔館の図書室を後にした。

「………。私は、魔理沙が―――…」

 小さな呟き。誰もいなくなった図書室に、聞き取れないほど小さな言葉が響き渡った。それを聞いたものは恐らくは、誰もいない。



 ―――翌日。

「あの鼠…、次に見つけたら今度こそ退治するわ…」

 近付いたら殺られる程のオーラを出して怒り心頭しているパチュリーがそこにいた。

 体調が回復したパチュリーはいつも通り本棚に本を取りに行って唖然とした。昨日自分が休んでいる間に本棚一つ、丸ごと持って行かれたのだった。

 青筋をたてながら呟くパチュリーの声は、八つ当たりとしてその後咲夜に届いたようだった。



*コメント*


うん、実はパチュ×魔理が好きな私、麒麟でございます。ああー…マイナーカップリングじゃないですよね、うん!
 



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