†NOVEL†

「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました。」

 すっと、紅茶が差し出される。レミリアはいつものようにティーカップを受け取ると窓の外を見つめた。恐らくは快晴。

 ───吸血鬼である少女は日光に弱い。ここ、紅魔館の周りには直射日光を防ぐため、霧を張っている。一度、大規模に霧を出したところ、神社の巫女や白黒魔術師に文句を言われたため、紅魔館の周りだけの空間に霧を展開する事にしている。空間を操る能力に長けるメイドがいるので、それも容易い事だった。

「どうなされましたか?お嬢様。」
「いえ、なんでもないわ。フランはどうしているかしら?」

 しばらく紅魔館の地下に閉じ込めておいたレミリアの妹であるフランは、ある日レミリアと咲夜が博霊神社に外出している時に地下から出てきてしまった。フランドールにとっては遊びであったが、紅魔館の中はめちゃくちゃに荒らされてしまう有様だった。その事態に収拾をつけたのは魔理沙であったが、それも一筋縄では行かなかったらしい。
 そんなこともあって、レミリアはフランドールを紅魔館のどこでも歩けるように戒めを解いた。地下室で閉じ込めておくよりも、紅魔館の中を歩かせ少しでも力を発散させておけば前回のような事態にはならないという考えだったのだ。

「フランお嬢様でしたら中庭の方にいらっしゃいますよ。そちらの窓から見えると思いますが。」
「しばらく閉じ込めておいたけれど、紅魔館の中に出して問題なかったみたいね。」
「しばらくって…495年間も閉じ込めていたんですけどね。」
「…、そうだったわね。」
「それに遊び相手になる私の身にもなってください。いつも殺されかけてますよ。」
「大丈夫よ。危なくなったら時を止めて逃げなさい。」

 笑いながらそう呟いて咲夜が指した窓の方へ紅茶を片手に移動する。咲夜は無茶言わないで下さい、と呟きつつもその後ろを付いて行くように付き添った。窓から日の光があまり来ない中庭を見下ろすと、中庭にいたフランドールがこっちに気付いたのか無邪気に手を振っている。

「…、無邪気なものね。」

 そういいながらも、レミリアはやわらかく微笑んで手を振り返す。そんな辺り、普通の姉妹となんら変わりはない。  再び視線を咲夜へ戻し、ティーカップの紅茶を少し飲んだ。その瞬間───

「!…お嬢様、伏せて下さい!!」
「っ…!!」

 咲夜の叫びが部屋に響く、即座にレミリアはその場にしゃがみ込んだ。───刹那、窓ガラスが勢いよく外側から割れてフランドールが部屋に飛び込んできた。その突然の出来事に、レミリアは持っていた紅茶はこぼれてしまった。
 バラバラと窓ガラスの破片が床へ落ちる。唖然とする二人を尻目に、フランドールはゆっくりと顔を上げ───。

「咲夜!私にも紅茶ちょうだい!お姉様が紅茶の時間だから私も飲む。」
「え、ぁ…はい。かしこまりました。………、お嬢様?大丈夫ですか…?」
「…っ、フラン!!」
「あれ?…お姉様、怒ってる?」
「当たり前じゃない!…咲夜、私にももう一杯紅茶を。こぼれてしまったわ。」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします。」

 そういうと咲夜はお部屋は後で掃除いたします、と一言残して部屋を後にした。

「フラン!物は壊したらダメだと何度言えば分かるの?」
「だって邪魔だったんだもん…。」
「私の言うことはちゃんと守りなさい。」
「………。」

 レミリアはバラバラに砕けたガラスの破片をめんどくさそうに集める。ふと、フランドールの方を見て、フランドールの頬から血が出ているのを見つけた。

「フラン…、こっちにいらっしゃい。」
「…?」
「ガラスなんて壊すから、切れちゃってるじゃない。」

 ほら、とレミリアはフランドールの頬の切り傷に触れてフランドールに血を見せる。レミリアは持っていたハンカチを取り出すと、フランドールの頬に当てて血を拭き取った。

「…ねぇ、お姉様。私外に遊びに行───」

 唐突に、フランドールがそう口走った。フランドールは紅魔館の中を自由にすることはできるが、外に出ることは禁じられていたのだった。

「ダメよ。」

 外に遊びに行きたい、と言いかけて…いい終わるより早く、レミリアはそれを却下した。

「なんで!…お姉様は咲夜とよく遊びに行くのに何で私はダメなの!?」
「───それは…」

 お姉ちゃんばっかりズルイ…、そう目で訴えてフランドールは姉を睨み続ける。レミリアは血を拭いていたハンカチをしまい、自分を睨み続ける妹に視線を合わせた。

「…外は危険が多いのよ。だから、貴女を連れてはいけないの。外には日の光もある、貴女一人じゃ危険なの。分かる?」

 そう、聞き返した時…フランドールは何か小さく呟いた。

「ワカンナイ。」
「フラン?───ッ」

 瞬間、フランドールは姉の首を片手で掴み締め付け、そのまま床に叩き付けた。轟音が響き、床はへこみ、その周囲にはヒビが入った。

「フフッ…」
「ぅ───っ」

 首を絞められたまま床に押さえつけられ、レミリアは苦しそうに妹の腕を掴む。だが、フランドールの力がそれを優っていて腕を外すことができなかった。

「ねぇ…、わかんないよ。お姉様、こんなに弱いくせに。私より弱いくせにどうして私が外に出ちゃいけないの?お姉様こそ外に出るのは危険なんじゃないの?───ねェ!」

 ギュッと、さらに首を絞める力が強くなる。フランドールの力にレミリアは抵抗できなかった。首を絞められてはどうすることもできない。とうに、身体には力が入らなくなっている。

「あ…、私良い事思い付いたよ?───お姉様殺して…外に出ればいいんだ。ネ、イイ考えでしょ…?ダカラ───」




 死 ン で ?



 お 姉 様 …





「フ、ラン…やめっ…なさ───ッ」
「私に指図しないで、弱いくせに。」

 フランドールの手には巨大な魔力の塊がある。レーヴァテイン───魔力の塊は恐らくそれだ。このまま打ち貫かれればそれこそ冗談では済まない。そう思ったとき───

「あ…」

 突然、フランドールの手に集束していた魔力の塊は霧散し、小さく声を上げてフランドールは気を失ったらしくレミリアの方へ倒れた。締められていた首も気を失って開放されたようだった。

「ふぅ…、大丈夫ですか?お嬢様。」
「…咲夜…、えぇ…大丈夫よ…。」

 自分の方へ倒れたフランドールをそのまま抱きかかえると、レミリアは静かに立ち上がる。さっきのは危なかった。咲夜が来てくれなければ本当に───。

「すみません、フランお嬢様。こうするしかありませんでした。」
「首に一撃、さすがね。」
「…いえ。数時間で目を覚まします。ベッドに寝かせてあげてください。」
「ええ、分かっているわ。」

 レミリアは自分のベッドにフランドールを寝かせると、少し悲しそうな顔をして外を見た。そこは、光が満ちていて広大な土地が広がっている。

「…お嬢様。フランお嬢様を外で遊ばせるわけにはいかないのでしょうか?」
「───、残念ながら。この子は力が強すぎるのよ。自分の力を制御できない上に、ね。幻想卿の他の妖怪たちに悪影響を及ぼすわ。それに、この子が本気で暴れたら咲夜でも、私でも止められないわ。それこそ…紫や幽々子でもね。そんな事態は避けなきゃいけない。分かるわね、咲夜。」
「─────はい。」

 咲夜は頷き、そしてベッドに眠っているフランドールを見つめた。

「いつか、力を制御できるようになるでしょうか?───外に出ることができるようになるでしょうか?」
「───ふふ、馬鹿ね咲夜。」

 咲夜の言葉にレミリアは笑った。静かに部屋の出口まで歩いていき、ゆっくりと振り返った。

「力の制御くらい、すぐ身に付けるわ。誰の妹だと思っているのかしら?」

 自信をもった声で、確信をもった声で、姉はそう言った。
 レミリアはフランドールを信じている。いつか必ず、二人で出かけられる日が来ると。その為にも、今フランドールを外に出すわけには行かない。それに心配などいらない。彼女たちにとって、時間は永遠に近く存在するのだから。
 そう言うと彼女は部屋を後にした。

「お嬢様───。…お部屋の片付けと、フランお嬢様はお任せくださいませ。」





「ん───…?」
「…お目覚めですか?フランお嬢様。」
「───咲夜?あれ…、お姉様は…。」

 数時間後、フランドールは目を覚ました。その間に部屋の片付けを済ましていた咲夜はフランドールが目を覚ますまでずっと隣で待機していたのだ。

「お嬢様なら先程図書室に行かれました。パチュリー様にお話があるそうで。」
「そう、なんだ…。私お姉様に───」
「お嬢様は怒っておられませんでした。ご心配には及びませんよ。」
「…うん。」

 小さく、フランドールは頷く。先程自分がやったことを思い出すと不安になってくる。もう少しで、殺してしまうところだったのだから。

「心配でしたら謝りに行けばいいんですよ、フランお嬢様。お嬢様でしたらきっとお許しになると思います。」
「そうかな…?…そうする。」
「はい、そうして下さい。」

 フランドールは先の一件をしっかりと覚えている。そんなつもりはなかったのに、いつも頭に血が上ると暴れてしまう。自分でも歯止めが利かないのだ。

「………。」
「お嬢様はフランお嬢様をいつも気に掛けておられます。そして、信じています。それは私も同じです、フランお嬢様。ふふ、紅魔館の中でしたらいつでもお相手いたしますので、遊ぶ時はお申し付けください。」
「ありがとう、咲夜───。私、お姉様のところに行ってくる!」

 少女はそういうと、急いで部屋を出て図書室の方角へと走っていった。部屋に一人残った咲夜は少女を最後まで見送った。

「いつか、お嬢様や私と外へ行きましょう。フランお嬢様。」

 誰もいなくなった部屋で、小さな願いを…メイドは口にした。



その時を、そのいつかを、夢に描きながら



*コメント*


続く…、かもしれません。ああ、昔のもの引っ張り出してきたらなんか酷いですね、これ。(笑)
 



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