† N O V E L †
「さて、今日の授業はこれで終わり。みんな、気をつけて帰るんだぞー?」
ある人間の里にある小さな寺子屋。ここには様々な年代の子供たちが学問を修めるべく、勉学に勤しんでいる。その寺子屋の子供たちを見る教師が授業終了の言葉を告げた。子供たちは元気よく声を上げると、それぞれが賑やかに帰っていった。
しばらくすると教室にはその教師だけが残った。
「今日は助けられたな。お前だろう?…階段で転んだ子を助けたのは。」
ふと、誰もいない教室で慧音は声を上げる。今日一日が終わり、机の上にある子供たちが解いた問題集を片手に持ちながらうっすら夕焼けの見える窓側を振り返る。そこにはいつからいたのか鮮やかな着物を着た少女の姿があった。
「わかりましたか?…あのまま転んでいたら、危なそうでしたから。」
つい先程のことだ。正午の時間、村の守矢神社の分社が置かれている場所の近くの石段で遊んでいる子供たちがいた。石段で遊ぶのは危険だからやめなさい、と見つけた慧音が注意したがその直後、一人の子供が石段の出っ張っていた部分に足を引っ掛け、転倒したのだ。
頭から転げ落ちたというのにその子は怪我一つなかった。
「すまないな、あれは私では助けられなかった。」
「仕方ありません、でも慧音さんは勉強を子供たちに教えられて羨ましいです。」
私は勉強を教えるなんてできませんから、と笑いながら彼女は言う。
「ふふ、そうか。なら…私が個人的に勉強を教えてもいいんだが?」
くすっと、冗談混じりに慧音は笑いかける。少女はその言葉を困ったようにあたふたして見せる。どうやらあまり勉強は得意ではないようだった。
「え、遠慮しておきます…!」
「冗談だ、そんなに頑なに拒否しないでくれ。」
楽しそうに慧音は笑う。慧音は手に持っていた答案を机に叩いて整理すると教室の外へと歩き出した。少女はその後に続く。
「今日も問題なければ私の家に泊まっていくといい。」
「いいんですか?…私、姿が消せますから人間の家にこっそり居候できますけど…」
「なに、隠れるよりは一人じゃなくていいと思うぞ。」
「…じゃあ、お世話になります。」
慧音にそう言われると少女は嬉しそうに呟くと、スッと姿を消した。姿を消していても慧音には見えるのだが、姿を消している間は物理的な物が障害にならなくなり、それなりに便利らしかった。
普通の人間には見えなくなった彼女は寺子屋の壁をすり抜けて外へ行った。
天津香苗、少女は自分のことをそう名乗った。
ふらりとこの村に現れたのは2週間ほど前か。妖怪であることは分かっていたので警戒していたが、その警戒もいい意味で無駄になった。少女は人間を助ける能力を持っている、正確に言えば願いを叶える能力。善良で小さな人間の願いを叶える事で、人間を幸せにする。香苗は笑顔でいる人間が好きなようだった。
普段は姿を消してはいるが、たまに子供たちの前に姿を現しては一緒に遊んでいる所も見る。どうやら悪い妖怪ではないらしいので、こちらから話しかけた。
姿を消している時に話しかけたので、香苗は驚いていたが自分はただの人間ではないことを説明すると納得が言った様に話し掛けに応じてくれた。
本人曰く、人間たちの色々な村を回っては人間の笑顔を見るのが好きらしい。この村に来る前もいくつもの村を回っていたようだった。最近では私が開いている寺子屋で影ながら子供たちの面倒を見てくれている。危険なことがあれば安全な方へこっそり導いたり、力を使って今日の様に事故から身を守ってくれる。私の手の届かないところで手助けをしてくれるので大助かりである。
普段は姿を消して人間の家にこっそり居候して一夜を過ごすようだが、ここのところは私の家に泊めている。助けてもらっているし、これくらいの礼はしないと。
と、言うものの…私が深夜に子供たちの答案の正誤を確認しているときや、問題を作っているときなど、簡単な夜食を作ってくれる辺り、私も甘えているのかもしれない。
先程、私より先に寺子屋を出て行ったが恐らくいつも通りまだ外で遊んでいる子供たちのところに行ったに違いない。香苗は子供たちと遊ぶのをいつも楽しみにしている、まるで子供のようだとも思うが、それは容姿の通りか。人間で言えば16歳前後の姿をしている。
「さて、と。」
自分の家へと戻ると、慧音は早速今日の子供たちの解答に目を通し始めた。香苗はまだ戻って来ない。そろそろ夕刻となり、子供たちも自分たちの家に帰り始める頃だ。そうすれば香苗もここに来るだろう。
「そうだな、これより先に夕食を作ってやるか。」
ふと、そう思った慧音は立ち上がり持っていたペンを机に置くと、台所へと歩いていくのだった。
*コメント
あー、書き上がりました。仕上がりました。
やっと天津香苗の登場です、とりあえずこんな子です。
今回の騒動の主人公となります、これから活躍する…かも?
次回、だから座薬って言うなー!
見ないと、月に変わってお仕置きよ。
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