†NOVEL†

 涼しげな風が吹く明け方。日中になれば容赦なく照り付ける太陽が少しばかり恨めしく感じる夏。それでも、早朝となれば話は別で心地の良い風が吹き眠気を吹き飛ばしてくれる。時刻は卯二つ時と言ったところか。

「んー、いい風。慧音さん、もう朝ですよ?」

 扉を大きく開けて気持ち良さそうに綺麗な栗色の髪をなびかせながら、少女は自分の後ろでまだ眠っている女性に声を掛けた。しかし、女性は眩しい光から逃げるように扉から背を向けた。

「うーん…もう少し寝かせてくれ…」
「何言ってるんですか。今日は妹紅さんのところに行くんじゃなかったんですか?」
「んー…?もこー…?…あー、…もこー…妹紅ねぇ…ああ!」

 少女の言葉に慧音は思い出したかのように飛び起きると、しまった!と言ったようにボリボリと寝癖の付いている頭を掻いた。

「まだ間に合いますよ。ほら、酷い髪ですよ?慧音せーんせい。」
「む…」

 寝癖の付いた慧音の髪を見ながらくすくすと少女は無邪気に笑ってみせる。慧音はバツが悪そうに自分の頭に触れると寝癖の具合を確認した。どうやらこれは結構酷いことになっているようだ。

「心の中で間に合うって願ってください。私が居れば絶対、間に合いますから。」

 少女はくすりと微笑んだ。彼女の能力は他人の願いを叶える能力。願いの度合いに応じて必要な力が変化するが、些細な願いであるならさして力を使用することもない。少女は自分の能力を開放するかのように小さな妖力を解き放った。

「わざわざすまないな香苗。しかし、その力…あまり使いすぎるなよ?」
「はい…?」
「…いや、杞憂ならばいいんだ。気にしないでくれ。」

 慧音はすっと立ち上がると身支度を整えるために洗面所へ向かった。まずはこの髪をなんとかしなければならない。稀に見る酷い寝癖だったが、香苗の力が働いているのか不思議と軽く梳かしただけで髪はいつも通りになった。そして何故か都合の良い事に準備するべきものが既に用意されていた。これなら余裕で間に合いそうだ。

「そういえば今日はなんなんですか?」
「いや、私も聞いていない。話があるらしくてな。」

 数日前、珍しく妹紅が人里にいる慧音の元に訪ねてきたらしい。香苗も既に妹紅とは何度か会っているが、その時香苗は子供たちの相手をしていて妹紅を目撃することはなかった。その時に今日の朝、いつもの竹林に来て欲しいと言われたそうなのだ。

「さては妹紅の奴、ついに私に告白か。」
「えっ…、そ…そういう関係なんですか?」
「ははっ、冗談だ。そう驚くな。」
「うう…でもどうしてか、女の子同士ですけど…お似合いと言うか…」
「なっ…、何を馬鹿な…!少なくとも私は妹紅をそんな目で見てはいないぞっ」
「…あ、あはは…そんなに真剣に否定しなくても…、冗談…ですよ?」 「っっ…!」

 やられた、とでも言うように慧音は額に手を当てて天井を仰いだ。不覚にも慌ててしまった。いや、何で慌てたんだ…私もしかして妹紅をそのように見てるのか…?
 そして自問自答。考えれば考えるほど落ち着かなくなっていくのが自分でも分かる。

「い、行ってくる!」
「はい。いい返事をしてあげて下さい。」
「か、香苗ッ!」
「あはは、冗談ですー。」

 香苗は楽しそうに笑いながらそう言うと、スッと壁をすり抜けて外へと出て行った。また里の子供たちと一緒に遊んでくるのだろう。慧音は朝から盛大に溜め息を吐き、家を後にした。
 里から妹紅がいる竹林までは飛んでいけばすぐにいける距離だ。それでも刻一つ時ほどは掛かるが。暫く飛んでいると竹林に到着し、慧音は飛行をやめて地面に降り立つ。

 しかし、妹紅が改まって会いたいなんてどういう風の吹き回しだろうか。まさか本当に告白とか言うんじゃないだろうな―――

 考えたらまた顔が赤くなった。どうも今朝香苗にあんなことを言われてから調子が狂う。

「おい。」
「ひゃああッ!?」

 冷静を保とうと深呼吸をして歩み始めた瞬間、突然真横から声を掛けられた。思わず立ち止まってあげたこともないような悲鳴を上げてしまう。逆にそれで相手は驚いたらしく、呆れた様に息を吐いた。

「なんだよ…、人が待ってるのに気付かず通り過ぎようとするわ…独り言をブツブツと呟いてるわ…、なんかあった?」
「ああ、いやっ…何もない!何でもないぞ!」
「………どうしたのよ。」

 声を聞けば誰だかすぐに分かったのか、慧音は今更平然を装って両手を振る。本人は装っているつもりだろうが、これが全く装えてなかった。妹紅はもう一度溜め息を吐いて聞き返した。慧音は妹紅から逃げるように目を背けると少しの間を置いて切り替えした。

「本当に何でもないんだ。…妹紅こそ、今日はどうしたんだ…?」

 恐る恐る聞いてみる。これが本当に告白だったらと思うと落ち着いてなんていられなかったが別にそうと決まったわけでもない。

「それなんだけど…数日前、輝夜んとこの兎がここで誰かとドンパチしてたのよ。」
「ドンパチって、そんなのよくあることじゃないか。」
「いやね、相手が見たこともない奴でさ。取り込むとかなんとか、よく聞こえなかったけど。」
「取り込む…?…そいつはどうしたんだ?」
「ああ、鈴仙が片付けたみたいなんだけどね。」

 話によるとその日現れた妖怪は鈴仙の手によってあっさりと倒されたという。その話をするために今日呼ばれたらしい。しかし、それだけで妹紅が自分を呼び出すとは思えない。その程度のことなら大したことではないからだ。

「で、これからが本題。その次の日の夜。巫女が様子を見に来たの。」
「…珍しいな。顔は合わせたのか?」
「合わせてもスルーされるわよ。まぁ、めんどくさそうな顔をして帰っていったけどね。」
「しかし、霊夢が動いてるとなると何かあるな。」
「そう思って次の日、慧音のところに行ったのよ。この竹林で勝手にされるのも気に食わないし。まぁそれについての話をしようと思ってあの時は慧音のところに行ったんだけど…」

 妹紅は一通り話し終えると適当な場所に腰を下ろして竹を背に寄りかかった。

「あの時は、というと…今日の話はそれ以外にもあるということだな。」
「そう。その日の夜なんだけど、兎とドンパチしてた奴がまた出てきたのよ。」
「なんだ、鈴仙の奴トドメを刺さなかったのか?」
「いや、刺してたよ。だから可笑しいのよ。」

 妹紅の前に現れた者は、兎と戦っていた者と同じだった。あの時鈴仙がトドメを刺したはずなのに、今度は妹紅の前に姿を現したという。

「…そいつ、どうしたんだ?」
「色々と聞いたんだけどさ。貴女は人間を幸せにする?とか、貴女は幸せ?…だとか、よく分からなくて。でも私は襲われなかったのよね。その後、どこかに飛んでちゃったけど。」
「…、幸せ…か。」
「それがおかしな事にさ。似てるのよね、声とか髪型とかがあの子に。何となくだけど。」

 似てるのは顔とか髪くらいなもの。着てるものは違うし、妖力も別人のようだった。妹紅はその人物に似た者に会ったことがあるようだった。慧音は自分の中で大方の予想は付いたが、彼女はその日の夜私の隣で眠っていた。間違いなく白だ。

「似ているだけさ。…しかし、人里の人間が消失する事件に関係してるかもしれないな。私の住んでいる里は、私が毎晩結界張っているから大丈夫だが。」
「ああ、そんなこと言ってたね。でも霊夢が人のために動くとは考えられないし…あれだね。放っておくと霊夢にも被害が出るほどの問題かもね。」
「うむ。ま、ここで現れたというなら今夜辺りもう一度来る。様子を見て回ろうじゃないか。」
「最近は輝夜も私を殺しに来ないから暇してるけど。…とりあえずせっかく来たんだからお茶でもする?」
「そうだな、頂こうか。」



 その日、酉の刻。香苗は子供たちとの楽しいひと時を終えて慧音の家へと戻ってきた。いくら物体をすり抜けられるからと言って突然家に入るのも行儀が悪い。

「慧音さーん。」

 コンコンと家の扉を叩くが反応がない。どうやらまだ帰宅していないようだった。香苗は少し考え込むように辺りを見回す。もう太陽も沈みかけているし子供たちも家に帰り始めた頃だ。

「今日は他の人の家にお世話になろうかな…」

 姿を隠して人々の生活を覗きながら一夜を過ごすのも楽しい。人々が笑っている姿を見るのが大好きなのだ。既に幸せに満ち溢れている家庭に行った時は自分の力の使い道なんてないけど、別に力を使いたくて使っているんじゃない。笑顔が見たいから使っている。その笑顔が見られるなら力なんてなくてもいい。

「なんて…、でもこの力でいろんな人を守れるし助けられる…やっぱり、必要だよね。」

 ふふ、と一人で笑うと香苗は踵を帰して慧音の家に背を向けた。風が吹けば整えられた髪が美しく舞う。香苗は今の生活が好きだとでも言うように楽しそうに人の声がする方へと向かっていった。



   *コメント

主人公二回目の登場。でも咲夜とか妖夢とか魔理沙が最初から一度も登場していない件。
え、そろそろ出した方がいいっすかねぇ…はい。
地味に慧音の登場回数がこれから多いかも?
数少ない人間のために動く妖怪ですよ。(ぇ



次回、貴方…食べていい?弾幕はパワーだぜ!

あなたは、信じれますか?

 



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