†NOVEL†
暗い、暗い、暗い。
寒い、寒い、寒い。
乾く、乾く、乾く。
深い深い森の中。少女は静かに目を開ける。
今宵は私の時間、私の刻。
私という存在が許される唯一の時間。
不用な存在は糧と成れ。
仇名す存在は糧と成れ。
必要な存在の糧と成れ。
少女は漆黒に染まった着物を翻し宙に舞う。
さぁ、狩りを始めましょう…?
「うふふー、やっぱり人間の里で薬を売るのはお金になるねー。」
夜の竹林。永琳印の薬を人里で売り捌いてお金を稼いだ詐欺兎は嬉しそうにスキップをしながら永遠亭への道を歩いていく。永琳印の薬と言っても、実際はてゐが適当に持ってきた薬で、売り文句こそは万病に効くだの、寿命が延びるだのと言うがそんな効果は一切ない。それどころか、下手したら毒薬すら混ざっている可能性もある。
そうは言っても、拝借してきた薬は全て成功品倉庫から持ってきたものらしいので、殺傷能力まである薬はないとは思うのだが。
そんな訳で、てゐは偽の効果を持った薬を売り捌いてはお金を手に入れていたのだ。もちろん、永琳に内緒なのは言うまでもない。
「見つかったらお師匠さまに怒られるんだけどー…、まぁバレなきゃいいんだしぃ?」
一瞬、永琳に叱られる自分を想像してぶるっと身震いするも、すぐに気を取り直すとにへらっと笑い開き直ったかのようにそう呟く。薬をパクって来るときも、わざわざバレないように薬の配置を変えたりして気付きにくくしている。そこら辺、詐欺師である自分には得意分野なのだが、永琳相手では油断できない。
自分の持つ能力の幸運に賭けるしかないだろう。
「分の悪い賭けは嫌いだけど、お金には換えられないモンねー。」
そう言いながら満足そうにお金の入ったポチ袋を振り回す。永遠亭まではここからそんなに遠くはない。夜も深けて来るし、早く永遠亭に戻らないと何かと鈴仙が煩いし、不信に思われたら元も子もない。
思えば、早く帰らないと何かと都合が悪いことに気がついて、てゐはそのまま走り出そうと地面を蹴り…その場で立ち止まった。
「あんた…誰?」
目の前には漆黒の着物を身に纏った少女の背中があった。てゐの言葉に少女はゆっくりと振り返る。
幻想郷では見たこともない少女だった。見た瞬間に分かったが、どうやら彼女は人間ではない、恐らくは妖怪だった。
「ねぇ、ちょっと。そこ退いてくれる?」
「貴女は…、人を幸せにする?」
「は?…人間は騙してなんぼじゃないの、お金くれるし。」
その言葉を聞き、そう…と小さく少女は呟くとゆっくりと身体を浮遊させた。
「じゃ、私は急いでるから。」
「―――に。」
何でそんなことを聞かれたのか疑問に思うてゐだったが、そんなことを考えている余裕もなく、急いで永遠亭に帰ろうと再び歩を進めようとして、また少女に呼び止められた。ボソッと言ったのかあまりよく聞き取れなかった。
「もうなによ、私急いでるんだけどー。」
「私の糧に。」
「…ッ!」
突然、てゐの周りに黒い弾が幾つも現れた。てゐは慌てて飛び跳ねてそれをかわすと続いて追いかけてきたその弾目掛けてこちらも弾を打ち出す。打ち出された弾はその黒い弾とぶつかり相殺して消える。バックステップから地面を滑るように後退すると、てゐは突然攻撃を仕掛けてきた相手を睨みつける。
「ちょっとあんた!何すんのよ!!」
怒りを込めた声を相手にぶつけるも、相手は全く動じることなく次なる弾を放つ。てゐは舌打ちをすると強く地面を蹴り上げた。その一蹴で一気に浮上する相手まで距離を詰める。向かい来る弾幕を紙一重でかわしながらその距離を徐々に縮め…。
「何者か知らないけど、やるってんなら容赦しないよ。」
その言葉を口に出し、向ける相手は眼前に。踏み込みからの加速で一気に相手との相対距離を埋めると、相手の顔目掛けて手を向ける。
これで妖力を込めた弾丸を撃ち放てば終わりだった。
躊躇した訳でもない。油断したわけでもない。
ただ単に、それよりも相手が早く、それよりも相手が上手だっただけ。
「え…」
鈍い痛みが後頭部に響いた。鈍器で殴られたような一発。ぐらりと、視界がぶれる。続いて真下から振り上げるように先程の黒い弾が顎を強打する。その一撃で意識が飛びかけたのか、自分がどうなったのかよく分からなくなった。
てゐは無抵抗に空中に放物線を描いて浮き上がり…、その上空に待機していた無数の黒い弾が降り注ぎ、地面まで叩き付けられる。その衝撃からか粉塵が上がり、その煙が晴れる頃には無残に傷だらけになり動くことも出来ない詐欺兎の姿があった。
顎を強打されたせいか、軽い脳震盪で意識が揺らぐ。てゐは地面に手を付けてゆっくり立ち上がろうとするも、軋む身体はそれすらも許さなかった。
「っ…」
立てない。この状態で攻撃を受ければただではすまないと言うのに身体が動かない。
この状態で、あんなものが降り注いだら本当に。
動けぬてゐの前で、少女は手を月夜に掲げている。その真上には、先程と同じ黒い弾が夥しいほどに姿を現していた。少女が手を振り下ろせば恐らくあれが降り注ぐ。そうしたら本当に終わりだ。
少女は躊躇も容赦も慈悲もなく、その手を振り下ろした。瞬間、漆黒の雨がてゐへと降り注ぐ。一発一発が重たい、地面は抉れ粉塵は上がり、再びてゐの姿は見えなくなる。
粉塵も消えぬ地上に、ゆっくりと少女は降り立つ。
「私の力に。人間を護るために、私は…。」
その為に、力を喰らう。そして還元する。人間の為に。
「貴女は私の中で生きるの。」
再度粉塵が晴れていく。ぼこぼこと小さくへこんだ地面が露わになり、先程相手が倒れていたその場所に私の新たなる力の元が。
―――そこにはいなかった。
その粉塵の向こう、塵が晴れるその先には少女の力となるはずだった兎を抱えた、別の妖獣がいた。
怒りの感情を込めた燃えるような真紅の瞳で、その妖獣は少女を睨みつけた。
「れ、い…せん」
「ああもう、喋らないの。いいから少し休んでなさい。」
息も絶え絶えのその声を聞くと、鈴仙はその場にてゐは寝かせて目の前の相手を再び睨みつける。その視線に全く動じることなく、少女は再びゆっくりと浮き上がった。目の前の鈴仙を障害物だと認知したのか、あからさまな敵意を向ける。
「邪魔。…どきなさい…。」
「そう言われて退くと思ってるの?」
「なら、アナタも私に…。ふふ。」
小さな笑いが竹林に響く。少女は一気に上空に浮き上がると鈴仙を見下ろし、ゆっくりと手を向けた。その手からてゐを仕留めたのと同じ漆黒の弾が打ち放たれる。その弾を地上を走って回避し、地面を蹴ると自分も相手と同じ高さにまで浮かび上がった。
「何が目的?」
「私に取り込まれるアナタに言う意味はないわ。」
そう言って少女は問答無用に漆黒の弾を撃ち放つ。しかし、そんな一辺倒の攻撃が鈴仙に当たるはずもなく、鈴仙は少女の周りを回避しながら旋回する。その真紅の瞳で相手を見つめながら。
「貴女の負けよ。」
ぐるりと。少女の周りを一周した鈴仙は不意にそう呟いた。その言葉に少女は手を止める。
「なにを…」
あの妖獣は何を言ってるのか…、あれはただ私の周りを旋回しただけ。私の攻撃を避けていただけ。なのに何故、私が負けだと言うのか。何か意図があるのか、それともただの脅し?
少女はその言葉の意味を理解できずにただ呆然と、相手の真紅の瞳を見つめた。既に少女は、鈴仙の術中にはまっていたのだ。
「インビジブルフルムーン(真実の月)。」
鈴仙はそう呟くと、そんな少女から目を逸らし背後を向く。少女に移る世界は一変した。
「なによ、これ…」
少女は最早、身動き一つ取れない状態だった。四方八方、どの方向にも鈴仙が撃ち放ったらしい銃弾のような形の弾が大量に飛んできていた。さっきまでそこになかったはずなのに、あれはただ目の前で旋回していただけだというのに。
かわせない。かわさせるつもりなどない。先程少女がてゐに撃った弾幕を雨と言うなら、これは嵐だ。逃げ場などなく、全方位から襲い掛かる。回避など不可能。
「あぁぁぁあぁあぁああああ!!!」
断末魔のような悲鳴を上げて、弾幕の嵐に襲われた少女は夜闇に溶けるように霧散した。
自分の幻視能力で弾を隠し、幻により攻撃をかわしているふりを見せた。あの少女は自分を挑戦的なまでに見つめていた。それこそがあの少女の敗因だった。私の能力は狂気の目、目を合わせたものの狂気を操る。目を合わせてくれさえすれば幻を見せるなんて容易い容易い。
鈴仙はゆっくりと地面に降り立つと、すぐ傍に倒れているてゐに駆け寄り再び担ぎ上げる。
「帰ってくるのが遅いと思ったら…、ともかく…師匠のところに連れて行かないと。」
「うぅー…鈴仙、優しく持ってー…いたいー…」
傷だらけ状態のてゐを鈴仙は脇に挟んで担ぎ上げたのが原因なのか、てゐは苦しそうに声を上げる。騙すのが得意なてゐも今回ばかりは真実のようだった。
「あー、少し我慢しなさい。永遠亭まですぐ連れてくから。」
だがそんな言葉を言ったところでどうにかなるわけではない。
前で抱き上げると急いで帰ることに支障をきたしそうだったのと、どうやら命に別状はなさそうなのでちょっとくらい痛いのは我慢しなさい、ということのようだった。鈴仙はそのまま再び浮き上がると、全力で永遠亭へと飛び去っていった。
*コメント
やー、優曇華カッコイイよ優曇華。
でもかっこよく書けなかったのは俺の責任です、さーせん。
後、戦闘は久しぶりに書くと書けないものです。だめだなぁ俺。
次回、えーりん!えーりん!助けてえーりん!
科学と魔術が交差するとき、物語は始まる。
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